血を吸う大地のよろずブログ

マイナーソフト集まれ!只今無名な映画&ゲームをサルベージ中!!自腹で購入した各種ソフトをズバっとレビュー致します!

サイボーグの抱えるジレンマと押井守版『攻殻機動隊』の妙

押井守版『攻殻機動隊』をレビューする、その前に

前書き:

コチラはハリウッド版"Ghost In The Shell"公開に併せ、公開予定だった劇場版『攻殻機動隊』シリーズ総まとめレビュー企画が、あまりにも纏まりきらず数年に渡って下書きにプールされてしまったブツのサルベージです。

このまま腐らせるのももったいない気がした為、とりあえず元の内容を分割し、第一弾としてアップロード致します。

攻殻機動隊は多彩な解釈で世界観を拡充を続ける、国内でも、もしかしたら世界的にも類を見ないSF大河ドラマだ。原作の漫画、長編アニメーションによる劇場版、物語のifを描いたOVAにスピンオフ、更にはハリウッドの実写版まで…

主人公となる人物も、そのバックボーンも、クリエイターらの手によって様々な表情を映す。その意味ではメディア・ミックス企画や、昨今流行りとなっているマルチ・ユニバースの先駆けと言ってもいいだろう。

今回はハリウッドでのリメイク企画を記念して、押井守版『攻殻機動隊』をもっと別な観点から振り返ってみたいと思う。

 攻殻機動隊-Ghost In The Shell-で語られる『ゴースト』の正体とは何か?

攻殻機動隊という物語において、重要なファクターとなるのが『ゴースト』である。

『ゴースト』とは何か?

劇場パンフ等では、かなり掻い摘んで『未来世紀において信じられている、魂のようなもの』と捉えて紹介される事が多いようだが、押井守監督はかなり曖昧な表現に留めており、その存在をわざと漠然とボケさせたように感じる。

これは勝手な解釈だが、押井氏は『攻殻機動隊』とその続編の『イノセンス』で思考実験を映像的にわかりやすく表現出来ないか?というチャレンジを試みていて、そこから更に現実の存在を証明出来るか?自分とは何か?という普遍的ではあるけれど、答える事が難しい問題を私達に投げ掛けているように思う。

 "少佐"で知られる草薙素子、彼女が属する公安九課の新米捜査官のトグサ。この二人のキャラクターはその象徴とも思える。

攻殻機動隊の主人公である草薙素子は人体のほとんどが機械化された強化人間で、ネットワークハッキングを駆使した標的の追跡、欺瞞や攪乱を得意とし、更に光学迷彩を搭載したボディはあらゆる状況の戦闘にも対応可能と、非の打ち所が無いエリート捜査官。数多の戦場を共にしたバトーとの連携も凄まじく、九課の信頼も厚い。

一方のトグサは脳以外に手を加えていない、ほぼほぼ生身の真人間だ。叩き上げのデカとして非凡な才能を現場で発揮する事もあれ、必要ならば血生臭い手を平気な顔で執行する九課において明らかに浮きまくってる。しかも御愛用の得物はマテバM2007なるキワモノ級のリボルバー。

案の定、同僚達から射撃の腕は当てにされておらず、当人も「何故、自分が九課に引き抜かれたのか?」とぼやく場面も劇中にて見受けられる。

文武に秀でて現場で何より信頼の置ける玄人肌の素子と、妙なこだわりを持つ新米で、九課の面々ともやや歩調の合わないトグサ。技量において、文字通り雲泥の差の二人だが、その内面をのぞき込むとまた違った印象を感じさせる。

素子はかなり寡黙で表情を表に出さず、平素から何を考えている分からず、まばたきすらまるでしない。仲間とのコミュニケーションも積極的な方では無く、単独潜行を決断し、バトーや上司の荒巻から諫められる場面や"人形使い"に段々と固執し始める所などは、眺めていて「メンヘラみたい」という観想すら抱かせる。

素子は脳の一部を除いて全身すみずみ義体化しており、しかもその特注のボディも全て政府から提供されたモノだ。かねてより素子は、自分は誰かの手によって製造された物ではないか?草薙素子なんて名前の女は元より居なかったのでは?という疑念に取り憑かれており、かと言ってそれを誰かに相談するでもなく、黙々と事に当たろうとする。魂よりも不安定で曖昧な『ゴースト』に必死に向き合おうとするのは、素子にとっての拠り所が、それ以外皆無だからかもしれない。

一方のトグサは前述の通り、脳以外に手を加えていない生身の人間で、妻子もある。義体化を施していない事も、家族の存在もトグサにとっては「俺は、俺以外の何者でもない」という大きな自信となっている。押井版攻殻機動隊の登場人物は、いずれもやや淡々として面持だが、素子とトグサ二人に注視してみると死人か無機物のように沈静な素子と、奔放な言動で感情豊かなトグサの表情差にきっと驚かされる事だろう。

サイボーグのジレンマという思考実験

今週のお題「星に願いを」

ここからは、ちょっと想像力を使って遊んでみよう。

貴方は最近なにか病気に掛かったりした事があっただろうか?

もし、貴方が健康体で疾病にも、病院にも無縁だとしたら身体的なコンプレックスでも良い。

例えば「ココにあるホクロが嫌いだ」でも「老けた印象に見られるのが気に食わない」でも「もっと痩せてて筋肉質で、背が今よりも高かったら…」なんかでも良い。きっと自分の事を完璧だ!と言い切れる人間はそうは居ないハズだ。

そんな折、日本政府からちょっとした提案があったとする。内容はこうだ。

  • 今なら無償でアナタの身体を完全サイバネティック!
  • 完全に安全な技術で、合併症も後遺症も心配無用! もちろん永年保証!
  • 内蔵や骨などのパーツを国内製造! 交換も可! ほぼ不老不死のカラダ!
  • あらゆる疾病を断絶! 希望であれば容姿、性別、身長など自由にカスタム!

きっと便利に違いない。虫歯で歯科医院に通う煩わしさから解放されるし、そもそも病気で死ぬ事も無くなるだろう。事故にあって外傷を負ったとしても、その部分をまるごと交換すれば完治するのだ。

睡眠に不安を抱えていても、部屋の電気をスイッチオフするように簡単に眠りに落ちる事だって出来る。起きる時も同様に一瞬だ。内蔵の摂取と排出、代謝の容量を変更する事が出来たら、アルコールをタルごと飲んでも翌朝二日酔いにならず、全身を機械化出来たら必要カロリーも減って環境にも優しいし、眼鏡やコンタクトでイライラしなくて済む。

不眠不休でNetflixやAmazonプライムをダラダラ眺め続けるとか超最高じゃないか!

それだけじゃない。提供されるサイボーグの身体の容姿や身体機能を、好き勝手カスタマイズ出来るとしたら、貴方はどんな自分に変身したいと願うだろうか?

腹筋は当然6Pac、背中は逆三角形に変更し、どんな高所からでもスーパーヒーロー着地出来たり、筋機能と骨組みを強化して明日から100mを6秒で駆け抜けたり、フルマラソンの自己記録を一時間更新したりするのも良い。耐気温、耐圧、耐放射線、耐毒の機能を高めて、チェルノブイリの象の足に触れたり、南極を全裸で走ったり、素潜りで1000m潜行する事も出来るかもしれない。

思い切って見た目を大胆に変えてみても良い。貴方の好きな銀幕のスターは?アニメや小説のイメージも良いだろう。憧れを抱く人物そっくりに生まれ変われたら、退屈な毎日が煌びやかで楽しい物になるハズだ。ガル・ガドットの様に見目麗しく、スタイリッシュに街中を闊歩したり…

MBJが銀幕で見せつけた不屈の闘志を身にまとい、肩で大きく風を切って走るのも爽快に違いない。

きっと完成されたサイバネティック技術があれば、何にだってなれるし出来ない事は無いハズだ。人類進化の理想と言っても言い過ぎではない。

しかし、一度待って欲しい。貴方が自らの身体を徹底的にサイボーグ化した時、貴方の家族や身の回りの友人知人は間違いなく本人だと認識してくれるのだろうか?

具体的な例があるのでピックアップ。メタルギアシリーズには通称MGRという外伝的な位置づけのタイトルがある。

このゲームにはドクトルという名のサイボーグ技師が登場する。

誰よりもサイボーグに精通し腕は間違いなくプロフェッショナルだが、自分以外のエンジニアを信頼出来ず、かと言って自分の身体を自分で切り刻んでサイボーグになる事も出来ない為、いつまで経っても生身のままという奇妙なジレンマに囚われた初老の見事にハゲあがった男、それがドクトル(CV:麦人)だ。

そんなドクトルに対し、主人公である雷電が「もしなれるとして、どんなサイボーグになるつもりだ?」と問うと、ドクトルは「美女サイボーグになりたい」と迷いなく答え、雷電を唖然とさせる場面がある。

仮にドクトル念願の野望が叶って、細身の悩殺的な美女になれたとしたら、雷電の他かつての仲間たちは「こいつ、ドクトルだ!」とはっきり解るものだろうか?この容姿も身体機能も自在に変更できる機械人間が抱える、個性や自信、ルーツの喪失こそ押井守監督が手掛けた劇場版『攻殻機動隊』のテーマだと感じる。

本作が世界的に支持されるのは、いかつい刑事ドラマと制服組のゴタゴタを、説得力のあるSF考察と奇抜で硬派な世界観で表現した点だけでなく、身の回りがどんどん便利に発展する未来社会の一方、虚しさを募らせ不安定となりどん詰まりになっていく個人のアイデンティティの虚しさを冷徹に描き切ったからだと思う。終盤まで虚ろな表情だった素子がP-2501と融合し、打って変わって自信満々な顔でバトーの家を後にするラストはいつ観ても強烈だ。

そう言えばは今日は七夕だった。「自分にもっと自信を持ちたい!」と願う人も多い事だろう。しかし理想の自分に変身出来たものの、周りの人間に拒絶されたり、自分だと気付いて貰えなかったら?そのせいでもっと悩んだりしたら? そうなっても良い。不穏な気配を抱えた素子が、あてもなく夜の雑踏をうろついた様に、自分もいつか死んでいるのか生きているのか分からないような機械人間になりたい。

次回予告

まぁご覧の通り、イマイチ纏まりのない内容の考察記事になってしまった。次回は押井守押井守監督の『攻殻機動隊』で描かれたであろう思考実験についてピックアップする予定。いつになるか分からないが、近いうちに公開するぞ!

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...